【Report】ドイツ病院見学記

私がリンパ浮腫という病態を強く意識し始めたのは,まだ大学で働いていた2000年頃からであり,ちょうど癌研附属病院の病理部へ週2回乳腺病理を勉強しに通っていたときのことである.乳腺外科のある先生が定期的に小さな勉強会を夜に不定期で開いてくれていた.

たまたま外部の先生を招いてリンパ浮腫の講義があったときに私は出席した.リンパ浮腫の成り立ちから,その治療法を話してくれたのだが,特にリンパドレナージという方法に衝撃を受けた.それまでは腕のむくみを減少させるためには腕を末梢からよく揉んで中枢に押し出すものだと思っていたからである.

メドマー/ハドマーという空気式圧迫装置があって,リンパ浮腫を起こした患者さんはよくそれを使って治療していた.ところが手で行うリンパドレナージは全く概念が異なっていたのである.私はこのようなリンパ浮腫の治療があることを全く知らなかった.

乳腺外科医は手術をすることによって,その合併症を作り出している.それなのにその合併症に対応するすべを考えなければ,患者さんの苦しみは減っていかない.それ以来どうしたら目の前の患者さんたちに,このようなケアを提供できるか考えるようになった.

そんな意識をもってみると,なんと大学の近くにリンパ浮腫の治療をしてくれる施設があったのである.それからはリンパ浮腫で悩む患者さんをそちらに紹介するようになり,大学で勉強会も開催した.そのとき知ったことだが,既に1998年に「Cancer」という有名な英文雑誌に一冊まるごとリンパ浮腫の特集が組まれていた.海外では話がもっと進んでいたのだと気づいた.

さて,日本で主に普及しているリンパ浮腫治療の方法はフェルディ式と呼ばれている.フェルディ先生はドイツの医師で,リンパ浮腫の治療を体系化した.この方法を学んだ日本のマッサージ師である佐藤佳代子さんが国内に持ち帰り,講習会を開いて,フェルディ式治療の普及に努めた.私も本治療の考え方と意義をよりよく知りたいと思い,講習会を受けた.それが2008年のことである.それ以来,実際に元祖というべきフェルディ先生の施設を見学してみたいとの思いがあった.

昨年末に,たまたま佐藤さんと話をしていたときに,ちょうどゴールデンウィークの頃にそちらに行っているので,もし私が行くのであれば,口利きをしてくれるとのことであった.前後に国外での学会もあり,さんざん迷ったのだが,ゴールデンウィーク中の休みを有効に利用すれば手術や外来も極力減らさずに行けるのではと思い,また,いつこのような機会がやってくるかわからなかったので,思いきって行くこととした.

その施設はフェルディクリニックという.ドイツ南部のヒンターツァルテンという,かなり田舎に位置している.ドイツの中では避暑地として有名であり,冬には多くのスキーヤーが訪れるようである.

皆さんは16歳の 高梨沙羅さんをご存知だろうか.スキージャンプ競技でそのとき一位になっていたのがこの地である.私はランニングがてらジャンプ台の上まで行って,ヒンターツァルテンの町を眺めてみたがあいにく雨と曇が続いていた.880mの高地にあり,4月末でもまだ結構肌寒かった.

フェルディ先生はかなりのご高齢であり,現在は,やはり医師である奥さんが病院を運営している.ベッド数は152床であり,国内外から重度のリンパ浮腫患者さんが集まる.重症度などに応じて2週間から4週間,ときに6週間まで入院できるそうである.ドイツではリンパ浮腫の治療は保険で受けられるのである.

リンパドレナージを行うセラピストは現在42名いて,それぞれ自分の治療部屋をもっている.そこで1日5名の患者を治療するが,患者1名あたり午前午後と2回行うので,1日10回の治療をこなしていることになる.かなり大変だと思う.私は普段乳がん術後のリンパ浮腫をみることしかないため,原発リンパ浮腫をはじめとした上肢,下肢の重度のリンパ浮腫を実際に目の当たりにし,教科書の世界が現実のものとなった.

システムは効率的である.各患者さんのサイズと病態にあった弾性ストッキングを作成するために専門の方が常駐しており,医師の指示にしたがって四肢のサイズを細かく計測し,ストッキングをオーダーする.個々の患者の患肢に合わせるのはかなり難しいと思うのだが,およそ2日間ほどで完成し,やり直すことはほとんどないそうであった.運動療法をするための大きな部屋もあり,プログラムが組まれていた.私も患者さんたちとそのプログラムに参加し,ボールを使ったり,エアロビクスをしたりとかなり体力を使うものであった.

私は残念ながら奥さんであるフェルディ先生と直接お話する機会が得られなかったのだが(体調を崩されていた),Oberine先生と面談する時間を設けてもらい,いろいろな質問をしてみた.後で,先生の方から駆け寄って名刺を渡してくれたので,少しはこちらの熱意が伝わったのではないかと思っている.

最終日はフライブルクに移動し,フェルディ学校を見学した.ちょうど試験を行っている最中だったが,実技の様子などもみせてもらった.私が日本医療リンパドレナージ協会で試験を受けたときと同じような風景であった.全国からリンパ浮腫治療の資格を得るために理学療法士が集まり,勉強する.彼らも就職難であり,リンパ浮腫の資格はかなり重要なのだそうだ.ただ,その資格をリンパ浮腫治療に生かすのかといえばそうではない.この手技は炎症やけがの部位に対して腫脹をとるために行うことが多く,リンパ浮腫のために用いることはむしろ一部の施設だとのことである.

滞在中,医師以外には英語がほとんど通じなかったが,ドイツ語が堪能な佐藤さんがずっと付き合ってくれたため.技師や患者との会話をスムーズにしてくれた.感謝の限りである.また,H大学のK先生も今回一緒に見学をしたのだが,リンパ浮腫治療を自ら行っており,大きな使命を持っていらしていたことに感銘を受けた.

夜は,ドイツ料理を満喫しながら,ヘッフェヴァイツェン(図7)と白ワインを味わった.もちろんリンパ浮腫のことを語りながら(?)である.このヘッフェヴァイツェンは少し濁りがあり,あまり冷やさなくても美味しく,見事にはまってしまった.


今回の見学が今後にどう生かせるのか今はまだわからないが,私の糧になったことは確かである.これからのリンパ浮腫治療の普及にさらに努めていきたいと思う(byランナー).