人生を導いてくれる目的

ピノコさんが、ここのところすこぶる気がない。かろうじてドクターやナースたちの前ではいつもの笑顔で立ちふるまうものの、席につくやいなや深くため息をつき、コンピュータの陰に身をひそめる。

人間界の悲喜こもごものすべてを、カエルであるニルバは知る由もないのだが、それでもなんとか寄り添いたいと、せめて呼吸を合わせてそばにじっとしている。そんなある日、見かねたボスのテレサ医師が、診察室にピノコさんをそっと呼び入れ、手渡したものがあった。

「私と夫がアメリカでなかなか医師として用いられる場所が見つからず悶々とした日々を送っていた頃、書いていたものなの。よかったら見てみて」
慈しみの笑顔をうかべて、テレサ先生は2冊の厚い本をピノコさんにさし出した。ピノコさんはどうやら、人生の次なる扉が開かないもどかしさを抱えているらしい。

本を傍らにおき、時おり涙ぐみながら仕事に向かったピノコさんだったが、おそい昼下がり、本をもって川べりに行くというのでニルバも肩にとびのり、ついていった。木陰のベンチにすわり、革がすこしはげ落ちた表紙をひらくと、日本語と英語で頁いっぱいにちりばめられたテレサ先生の几帳面な字が目に飛びこんできた。

「目的を知ることによって人生に意義が与えられる」
「人生の焦点がきまる」
「今この時は神様からのテストなのか」
「子供と夫といるこの時に感謝。医師としての将来もあせらない。今は祈り、知識をたくわえよう」
「今は小さなことをひとつひとつ忠実に」
「神はご自身に忠実な者のために、いちばん良い時に思いもかけない方法で道を開いてくださいます」

そして、本のさいごの一行の上に指をのせ、ピノコさんは空を仰いだ。
「神が開かれる扉には、内側にしか取っ手がついていない」

川の上をゆったりとおおう空にむかって深呼吸をし、冒頭へもどると、さらに次の数行が目にとまった。
「自分の思いで何を自分がしたいのか、どうすればいいかを探ろうとしていた。間違っていた。やはり今までのように神にゆだね目的を導いてくださるようにゆだねればいいのだ」

ニルバもかつて、古里の池に開拓の波が押し寄せ、家や家族を失った悲しみに打ちひしがれた時代があった。その果てに、この、ピノコさんが“神さまのフトコロ”と名づけた病院へたどり着き、「命の現場」で疲れた人々に寄り添うという使命を得て、医局ガエルとして再生の道を歩んでいる。

穏やかな表情をたたえ、ピノコさんは川面の照り返しにまぶしそうに目をほそめる。

……だいじょうぶだよ、ピノコさん

テレサ先生と夫のクルーニー先生がそうであったように
かつてピノコさんが教えてくれたニーチェの言葉どおり
「御身の魂の中の英雄」を捨て去らなければ
道は必ずひらけます。。。