開閉式?!

いつも時計を手にした白うさぎのようにニルバのまえを通過するレノン先生が、ある日の午後、にこやかに医局に登場した。

「あら、先生。落ち着かれましたか?」
コーヒーを手におもむろにニルバ家の裏庭に腰をおろすレノン先生に、キーボードを打ちながらピノコ秘書が語りかける。
「うん、おかげさまでようやく一息ついたよ」
猫のように目をほそめてコーヒーを一口すすり、レノン先生はこたえる。

「また、何かおもしろいもの書かれるご予定はありますか?」
「”おもしろい”ってどっち方面の?」
「トトロ方面とか」
レノン先生の”トトロシリーズ”論考の大ファンであるピノコさんが、レノン先生よりさらに目をほそめてこたえる。

「ああ、そっち方面ね。今ひとつおもしろいの考案中だよ。……あのね、僕”ネコバス”を2回見たことあるんだ」
「ほんとうですか?」
目を見開いたピノコさんが、体ごとレノン先生のほうに向き直る。
「ほんとうだよ。何もないところに”風”が通るんだ。それで、こんなふうにとん、とあたる」
そういって、レノン先生はちいさく拳を握り、肩のつけ根のあたりをとん、とたたいた。

「ニルバ、”ダイセンモン”って知ってる?」
テレサ先生、ピノコ女史とともにニルバと交信できる数少ない人間の1人であるレノン先生が、こんどはニルバのほうを向いてたずねる。
(い、いえ、知りません。ナンデスカ?)
「『大泉門』っていうのは、こどもの頭のてっぺんにあるすきまのことなんだけれど、大人になると閉まってしまうんだ。それで、そこが開いている間はどうやら、神さまとか、トトロとか、そういったものと交信できるらしいんだよ。だからこどもって、ときどき上をみて話をしてたりしない?」

「へえ、すごい。でも先生、私、もしかして今でも開いてるクチかもしれません……ネコバスとか感じますし」
話を聞きながら頭のてっぺんを押していたピノコさんが、笑いながらこたえる。
「ああ、ピノコさん、あいてそう、あいてそう」
コーヒーを吹き出しそうになってあわててカップから口をはなしたレノン先生が、破顔してつけ加える――「テレサ先生もね」

テレサ先生はきっと”開閉式”ですよね。ドーム型というか、自動式の」
ピノコさんが真顔でそうこたえると、ついにこらえきれず、吹き出してしまったレノン先生――抱腹し身をよじって笑ったあと、「僕もね」とつけ加え、さらに茶目っ気のある笑顔をみせた。

その夜、ピノコさんが娘のテラスちゃんにその話をすると、10歳にして分析家(遺伝か?)のわが愛すべき友は、
テレサ先生は 〈自動式開閉型〉ね。レノン先生は自動式じゃなくて、何かがとんってぶつかってひらく〈他動式開閉型〉。で、うちのママは〈あきっぱなし〉!」
といって笑ったという。

そんな神秘的な話を聞きながら、(カエルにも果たして大泉門ありや否や)と、医局に住みついて以来、すっかり水かきが削げ落ちてしまった手でわが頭をそっとなでてみる、”春待ちガエル”のニルバであった。