花の連鎖

ある日の夕方、ピノコ秘書が院内周遊からもどると、受付嬢が医局にとびこんできて告げた。
ピノコさんが席を外されている間に、受付に男の人が来て……」
いわく、その男の人はブレストセンター入り口わきの「季節のディスプレイ」を指さし、「これを飾った人に会いたい」と申し出たという。

受付嬢が、「ここの秘書さんですが、ただ今離席中です」とこたえると、
「僕は歳をかさねて、最近、美しいものはほんとうに美しいと感じるようになった。この飾りは美しい。心が感じられるから。だから、どんな人が飾っているのかお会いしたいと思った」
と述べられたとのこと。
ピノコさんにお伝えしたら喜ぶと思って」
そういって、受付嬢は花がぱっと咲いたように微笑んだ。

その笑顔をもらいうけ、笑みをうかべたピノコさんと目を合わせて思い出したのは、数週間まえのできごとである。女性の患者さんが、ブレストセンター待合室内にある「スマイルサロン」の家具をことのほか気に入られ、調達に携わったピノコさんが呼ばれて、どこでどのように購入したかを説明したのだった。

「ソファの色も素敵。テーブルとサイドボードはぜひ対で購入したい。丸みをおびたデザインをきちんと選んでくださって、患者への心遣いが感じられる」
そういって、女性は目を輝かせた。
サロン創設の総指揮をとったテレサ先生も、後にピノコさんから経緯を報告され、
「物いわぬモノが物言ったのね。ちゃんと伝わるんだ、すごいなあ〜」
と、目を宙に漂わせていた。

受付嬢に声をかけた男の人の表情は、残念ながらじかにうかがう機会はなかったが、ピノコさんにそのことを伝えにきた受付嬢の笑顔は、ほんとうにうっとりするようなものだった。そして報告をうけたピノコさんをはじめ、スマイルサロンの家具のことを興奮して話す患者さん、さらにはそれをつたえ聞いたテレサ先生も、皆おなじ種類のぱっと花ひらくような笑顔を顔にともしていた。

まごころという花の連鎖――その花々をビーズのようにつなげて世界を明るく照らせば、この世の避けがたい苦しみもすこしは地球上から軽減できるんじゃないか……と、暑い夏の折、”いのちの現場”の片すみで、そんな夢想に真剣にひたる居候カエル、ニルバであった。