あしおと

(タッタッタッタッ……)

規則正しいかろやかな振動が響いてくる。
コクリといねむりをしかけたニルバはふり返り、朝のコーヒーを手に着席したばかりのピノコ女史と目を合わせた。

うなぎの寝床のように細長い医局の入り口は、ブレストセンターの受付まえを通って左手奥にある。「ブレストセンター」と書かれた案内板の下をくぐってから入り口の扉まで、人間の成人であれば7〜9歩であろうか。内側にいると、だいたい3〜5歩手前から振動や音が伝わってくるが、扉をあけてすぐに居所をもつニルバと隣のデスクにいるピノコさんは、その扉がひらかれる前から、入ってくる人物を当てることができる。それだけ、人間の足音には個性があるのだ。

けれども、その朝の(タッタッタッタッ……)はまことに軽やかで、メトロノームで計ったように規則正しかった。ニルバにとってもピノコさんにとっても、未知の音である。
(誰だろう……)
(そうか!)
顔を見合わせ、瞬時にして1人と1匹の頭のなかでほぼ同時にその謎が解明できたとき、開けはなたれていた扉のむこうから、手術着姿の男性が、目のまえをリズミカルに走り過ぎていった。

ゴルフに詳しいピノコさんが以前、「練習場の後ろで打っている人の姿を見なくても、打つリズムと打球音でその人の腕前がわかる」と話していたことを思い出す。なるほど、達人の紡ぎ出す「音」や「リズム」とはこういうことかと、カエルには不似合いな格好でニルバが膝を打ったとき、

(タッタッタッタッ……)

その芸術品のごときリズムと床を蹴る音を微動だにくずさず、ランナー先生が目のまえをスローモーションで駆け抜けていった。