麗しのヴァレンタイン・ウィーク

医局中に漂うスィートな香り――
今年も、ニルバの待ち望んだ週がやってきた。

なぜヴァレンタイン「デー」ではなく「ウィーク」かというと、ブレストセンターでは医師をはじめとするスタッフが曜日にごとに診察・手術・病棟etc.と配置換えをするため、約1週間に渡ってチョコを準備しておかないと、お目あての人物に渡せないから。そして、なぜ、ニルバがこの週を待ち望んでいるかといえば、こんな光景に遭遇できるから……

「あ、先生、よかった、ようやくお会いできた。これ、私たちからです〜」
ニルバの前で受付嬢に呼び止められたのは、放射線科のフローレン先生。いつも凛々しく日々の職務をテキパキこなすフローレン先生は、スタッフのあこがれの的である。宝塚スターさながら、なだれこんできた数名のスーツ姿の女子群に、たちまち先生はとりかこまれた。

「いつも本当にありがとうございます。受付一同から感謝の気持ちをこめて」
「えー嬉しい。あ、何これ、私の似顔絵? 素敵!」
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そう、ここではこの週、スタッフ間で「義理チョコ」ならぬ心からの「感謝チョコ」が渡し渡されるのだ。ふだんは真剣な表情そのもののドクターやナースも、この瞬間ばかりは破顔してくつろいだ表情を浮かべる。その一瞬に立ち会えると、ニルバもなんともいえない安らいだ気分になる。

(心がトロンとなる「光景スウィーツ」もいいけど、やっぱりそろそろ、本物チョコのおこぼれにあずかりたいな〜)ニルバがそう思ったとき、
ピノコさーん、いつもありがとうございます」
凛々しい表情にもどったフローレン先生がいきおいよく出陣したドアから、いれかわりに薩摩藩が生んだ心優しき賢母、カワジュン先生が入ってきた。

「私にですか? ありがとうございます」
「すてきな包装ですね」といいながら、ピノコ秘書は米国式にその場でリボンをほどき、通りがかりにのぞきこんだナースにもお披露目する。ナースも一瞬、笑みをかえす。そして、ピノコさんは箱をしめざま、そっとニルバの前にチョコを1つおいてくれた。

受付嬢からドクターへ、ドクターから秘書へ、秘書からカエルへ、そしてカエルはときどき、疲れた表情でつかのまのお茶を楽しむナースの横に、そっとお菓子をおき――ここには一方通行でない、大きな循環がある。複雑で精巧につくられた人間を修復する作業など、とうてい人間1人の力では行えないことを、皆、現場の一員として痛いほど心得ているからだ。

「ありがとう」「おつかれさま」――そんな声がよりいっそうとびかうこの週を、ニルバはほんとうに麗しいとおもう。