流行りの飾り
医局への扉を入ってすぐのところにある「お弁当コーナー」。それが、ニルバの生息場所である。
月曜日、週1回の外来診察のためやってきた初代ブレストセンター長のN先生が、そのニルバのすみかのまえで足をとめ、わが庭を1、2秒凝視したあと、ピノコ秘書に向かってたずねた。「こんなシステム、前からあったっけ?」
「こんなシステム」とは、ピノコさん手作りの「お弁当」と書かれたボール紙の周囲をうめつくすドクターの名札のついたクリップを午前11時までにピノコさん側に向けると、外来診察で忙しいドクターのためにピノコさんが弁当を用意してくれる、というシステムである。
クリップは、各自の好みにあわせて買い求められたお弁当につけられ、「ニルバ家の庭」におかれる。天才的頭脳をもつN先生は、瞬時にそのシステム全体を把握され、たずねられたのだ。
「以前のブレストセンターにはなかったかもしれません。ご好評いただき、現在は規模が拡大しています」ピノコさんがそうこたえると、N先生は「いや、これはすごい」とにこやかにうなずきながら、2番診察室へ入っていった。
ところで、その「お弁当コーナー」で、にわかに流行っていることがある。名札クリップの先に "my favorite thing(ワタシの好きななもの)"を飾りとしてつけることである。
発端は、自らもアイディアマンであるウッズ先生が、「人数がふえて名札が見つけにくいから、名札に何か飾りをつけてよ」とピノコさんに注文し、ピノコさんがカレンダーから切り抜いたブタの飾りをつけたことだった。
その直後、「飾り」好きのヨンファ先生がめざとくそれを見つけ、「なんでウッズ先生のにだけ飾りがついているの? 私もお願いします」といって「鳥」の飾りをリクエストされた。2,3日後、それを見たガチャピン先生がガチャピンの飾りを発注し……と、それでなくても昼前後にはよい香りのただよう「ニルバ家の庭」は、視覚的にも山のにぎわいとなってしまった。
そこへ、遅ればせながら現れたのが、新人レジデントのM先生である。
「あのう……なんでも好きなものつけてくれるって聞いたんですけれど、私の好きなもの言っていいですか?」
「どうぞ」とパソコンを打つ手をとめ、にこやかに微笑むピノコさん。「“ほや”をぜひ、お願いします!」
ピノコさんが、グロテスクでない海鞘のイラストを探すことに苦心したことはいうまでもない。晴れてほやの飾りがお目見えすると、そこへイタズラ好きのウッズ先生があらわれ、
「なんだこりゃ、弁当コーナーにあっていいもんじゃないな。よし、上からイラストをかぶせよう」といって、“ほや先生”の似顔絵をサラサラと描き、上から貼りつけて行ってしまった。
「あ〜私の大好きなほやになんてことするんでしょう」と、通りすがりにそれを見つけて半泣きになるほや先生。四六時中、真剣勝負の”命の現場”の舞台裏で、つかのま平穏な話題に花咲く医局であった。